2017年1月22日日曜日

新聞業界、さようなら




突然だが、新聞会社を辞めた。実は、既に1年前のことだ。

以前書いた通り、アメリカの新聞業界は日本の同業界とは比べ物にならない速度で衰退している。働いていた新聞社では編集室の従業員数が10年間で半減し、いつレイオフがやってくるかと戦々恐々としている人も多かった。「自分の途」であった記者業。収入よりもやりがいを追求して入った業界だが、理想のかけらも追えない状態になっていることに気づき、去ることにした。

ということで、ピッチ―ルームという会社を立ち上げた。世界進出を目指す日本企業などを英語でメッセージを発信することによって後押しするグローバル広報事業だ。このビジネスを興そうという考えたのは、まだ記者をしている時だった。ボストンで知り合いだった日本人が現地のアメリカ人との面談アポ取りに四苦八苦しているのを見かねて手を差し伸べたのがきっかけだった。一人は実業家で、もう一人は会社員。会いたい大学教授や組織代表者に何度メールを出しても、うんともすんとも返事がこないというのだ。彼女らは英語も堪能で、何が理由で返事をもらえないのか悩んでいた。そこで、彼女らが既に出したメールを見せてもらい、丸ごと書き換えて新しいメール文を作って渡した。実業家の知り合は、私が書いたメール文をお目当ての教授にほぼそのままで送ったところ24時間以内に返事が来たという。びっくりしたというお礼の言葉を連ねたメッセージをもらった。もう一人の友人も、連絡先から返信が来たと報告してくれた。

なぜアメリカ人はこちらが出したメールを無視するのか、という質問をよく受ける。それに対して私が真っ先に指摘するのは、彼らは「無視」しているのではなく、そもそもメールをもらっていることにすら「気づいていない」ということだ。なぜ日本人の書くメールはアメリカ人の「目に留まりにくい」のか、それが問題なのだといつも話す。

これはメールに限らない。ウェブサイトにしてもプレスリリースにしても、対象がアメリカ人ならば彼らの目に留まりやすく書く必要がある。もちろん、目に留まるだけでは十分でない。 「え?何これ?」と振り向いてもらえる、「面白い!」と共感してもらえるものを書く必要がある。それは、実は記者として毎日実践してきたことなのだ。

アメリカでは新聞が路上にあるボックス型の自動販売機で手に入る。箱の扉がガラス張りで、内側から一面記事が見えるように半分に折った新聞を差し込んである。見出しを見て興味が湧いたらコインを入れて扉を開け、新聞を取り出す仕組みだ。ある時、バス停の横にある販売機の前にしゃがんで、コインを入れずに一面記事を食い入るように読んでいる人がいた。私が書いた記事だった。新聞をまるごと買う気はないが、その記事はバスが来るまで出来るだけ読んでしまいたいということだろう。記者にとっては第一文が勝負どころ。出だしで読者を引き込み釘付けにできる力があるか、それが書き手としての技のみせどころだ。新聞を買ってくれなくても良い。販売機の前から身動きせずに記事に縛り付けになっている人の姿を観るのは、記者冥利につきると感じた。それが書き手として目指すところだ。

米国人読者の心を最初の一文で捉える文を書く、そして彼らにすんなり理解できるように、飽きずに最後まで読み通せるように書く。それが、過去17年間アメリカ地方紙の記者として実証してきた私のスキルだ。それをどうやって書くかは、英語力の問題だけではない。彼らの文化、具体的に言うならどういった事柄が興味をそそり、どんな言葉がどういう連想を招くかといった思考回路の問題、そしてタブーなどを含めた社会的要素を深く理解する必要がある。

もし、この記者として身に着けた技術を活かして日本人の世界進出を後押しできるなら、これほどやりがいのある仕事はないだろうと思ったわけだ。

それが、The Pitch Room (ピッチルーム)というPR事業のはじまりだった。1)英語でプレスリリースを書く、2)アメリカのメディアに取り上げてもらえるよう働きかける、3)「翻訳ではない」英文を書く(英語ウェブサイト文をイチから創るなど)といったコピーライティング、そして4)アメリカ文化を踏まえたうえでのマーケティング戦略のコンサルティングを行っている。

少し宣伝めいてしまったが、このブログはジャーナリストとの観点からこれからも書き続けるつもりだ。記者として体験してきた事柄を紹介していきたい。

「マリン」と呼ばれるアメリカ海兵隊員は、数年しか海兵隊で働かなかくてもそこで得た価値観を一生持ち続ける。「一度マリンになったら一生涯マリン」というセリフがあるのはそのためだ。ジャーナリストも似た面があるかもしれない。新聞という「業界」は離れたが、自分は何時までも「ジャーナリスト」であると思っている。

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